食で運が変わる⁉️水野南北による食の開運法とは❓節食のすすめ‼️

美と健康のコンシェルジュの”プラス“です。

今回は、「人の運は食で決まる」と言い切った人物。「少食」こそが、人間の運命を好転させる根本であるとの主張を展開した。宝暦10(1760)年生、天保5(1834)年歿
『少食開運・健康法秘伝 東洋易学・運命学大系』より

江戸時代の代表的な占い師だった水野南北について調べてみた。

水野南北って何者⁉️

江戸時代の「観相家」であった水野南北。

観相家とは、人相や骨格などから、運命を占う人達の事です。

今の時代も人相学といって「顔に現れる運勢を占う方法」が存在します。目の形や眉と眉の距離、唇の厚さなどで、その人の性質がわかるというから不思議ですね。そういえば、時代劇で他の武士から顔を見られ内容に、お殿様が顔を隠して家臣に伝言しているシーンありますね。自分の健康状態を見透かせれないようにしていたんですね。


そんな観相家の水野は、幼い時に両親を失って孤児となり、寂しさから心が荒れ、なんと十歳の頃から飲酒を始め、喧嘩沙汰ばかり起こしていました。そして十八歳になって、酒代欲しさに悪事をはたらき、牢獄生活。


 牢獄内で過ごすことになった彼は、ふつうの人間と罪人の人相が、あまりにも違っていることに疑問を抱きます。

そこで人相に興味を持つようになり、ついに釈放されると、待ちきれないようにして、大阪の有名な人相見を訪れます。

ところが、その人相見は南北を見るなり、「お前は剣難の相で、あと一年の命しかない」と宣告します。


 彼から「唯一、助かる道があるとすれば、出家しかないのだろう」と言われて、南北は仏門を叩くのですが、あまりの人相の悪さに門前払いに。

しかし応対した僧侶が、「向こう一年間、麦と大豆だけの食事を続けることができたなら、入門を許そう」と言ったので、それを本気にした南北は麦と大豆だけで過ごしたのです。


 一年後、再び禅寺に向かうのですが、その中途、例の人相見のところに立ち寄ってみたところ、彼は「あれほどの剣難の相が消えている。お前は、人の命を救うような何か大きな功徳を積んだに違いない」と驚いた様子です。

南北が「自分は一年間、粗食を続けただけだ」と言うと、人相見は「粗食が陰徳の行となって、お前の凶相は消えたのだ」と答えました。

余命一年。これをどうにかしたいと粗食を始めたところ、すっかり人相もよくなり、死相がなくなったそうです。
 
 晴れて彼の右に出る者がないほど運命鑑定の達人となった南北ですが、そのうちに彼は、占いを辞めてしまいます。なぜなら五十歳の頃、彼は伊勢神宮へ赴き、五十鈴川で二十一日間の断食と水垢離の行を行なった際、豊受大神の祀られている外宮で、「人の運は食にあり」との啓示を受けたからです。

五穀をはじめとする一切の食物の神である豊受大神から、そう言われたのですから、生まれつきの運命の吉凶にかかわらず、その人の禍福を決めるのは、食事の内容であると南北は確信しました。

生来、吉運を持ち合わせていても、美食飽食なら、たちまち凶運となるし、その反対に凶運の人間も、粗食少食なら吉運に転じるということです。

自身の体験から「粗食の大切さ」を実感した水野南北。観相学を勉強し、今でも占い界で名が残るほどの、日本一の占い師になったのです。そんな彼はどのような教えを行っていたのでしょうか?

セントレアでおすすめ朝食

卵かけご飯🍚🥚

チェックイン後、保安検査まで40分あるので朝食を食べにMSDINIGさんに行きました。

ここはおすすめ動画でもたくさん上がっていたので行きたいお店でもありました。

飛行機を見ながらの朝食は気分も上がってきますね。

この日の朝食のメニューは、卵かけご飯一択でした。

普段はいくつかのバリエーションがあるようですから、次回のお楽しみにするとします。

お値段は、@980円なり。

朝早く起きたので、お腹空いて2杯も頂きました。満足できます‼️